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2001年6月
2001年7月号
隔月の楽しみ、大塚先生のコラムです。お忙しいなか本当にありがとうございます。
感謝・感謝!です。
■大塚先生のコラム

たまには甘ったれてもいいですか?

 お医者さんを訪ねていったとき、やはり”こわい”というイメージがまだお有りでしょうか?最近はこちら側の立場で言わせていただくと、不審そうな目で入ってきたり、待たされてブーブー言って入ってきたり、目の前で携帯電話がなってこちらが待たされたり、昔と違って医者の立場は相当危うくなってきている気がします。



大塚龍彦
tako-iin@doc-net.or.jp

 もちろん信頼を得るよう努力しなければいけないし、待たせないようにしなくてはいけないし、エチケットのないひとには注意をしなくてはならないのでしょう。しかしわがままを承知で言わせていただけるのなら、昔はお医者様というだけで信頼されて頼られて、いきなり不審な目で見られることなんてなかったでしょうし、待たされてでも診ていただきたいという気持の方が強かっただろうし、天下のお医者さんの前で携帯電話なんて(もちろん存在しなかったでしょうが)言語道断、追い出されていたでしょう。

 なんでこういう時代になったのでしょう?おもには情報公開でしょう。何となくビートたけしも一役かっている気がするのですが、、、。観客のお年寄りに対して「もう先がない。」とか、「くたばれこの野郎!」とか、そんな昔タブー視されていたことが公然と口にできるようになってきたのが始まりなような気がします。
 感染の危険があるのを承知で「ちょっと元気がないから輸血しましょう。」とか、明らかに手術ミスなのに医者がふんぞり返って突っぱねて、患者さんが泣き寝入っていたり。被害にあわれた方が疑問に思いながらもあきらめるしかなかった、そんな時代のうっぷんがいまマスコミという媒介を通してどんどん公にされ、「間違っている!」と公然と言えるようになったのでしょう。

 しかし、こんな時代の転換期だからこそおきている謝った医療訴訟もあります。明らかに防ぎようのない事象も医者の管理不行き届きとされたりしています。それを裁く側もキチンとした指標がないためまちまちの判決が出ている気がします。

 私も市立病院、大学病院とつとめましたが、どうしてこんなことになったのに、患者さんはその医者に頭を下げているんだろう?と思うようなことはたくさんありました。(もちろんミスとも事故とも言えないような生きている人間を診ているがための微妙な事象ですよ。)また逆に、どうしてこんなことで患者さんとトラブルになっているのだろうと思うこともありました。

 そこには「努力」「熱意」「信頼」が関わっていた気がします。ベテランの医者がしょっちゅう患者さんとトラブルをおこしているのに、明らかに腕の劣る研修医が絶大なる信頼を得ているのです。昼夜問わず一心不乱に患者さんを思い、医術だけではなく心からうち解けていた研修医の方が、一日に一回まるで義務感に駆られてしかたなくベッドに回診にきていたベテランの医者よりも、患者さんの笑顔を勝ち得ていたのです。

 今の医者には莫大な量の医学の知識が求められています。そんなものを頭に詰めていたらとてもじゃないけど笑顔でなんていられない、優しくばかりなれない、、、。
私ももしかしたら誰かに冷たくしてしまっているかも、、(あったらいってね!)。

 とりとめのないコラムになりましたが、最後に言わせてください。これだけ医者がたたかれている時代です。肉体的にも精神的にも医者はかなりまいっています。診察室に入ったら「先生お願いします!」と笑顔で言ってください。それだけでこちらも元気に、そして笑顔になれます、優しくなれます。信頼されること、頼られることがなによりも力になります!
(すいません今回は甘えるなって言われそうなコラムにしちゃいました。)
■わかな・は・しろ

 私の住まいの隣に住むKさんの家に猫がいます。本当はいけないのですが、だいぶ前からいたようです。
 最近、バルコニーで目を合わせました。こっちに興味があるらしく、じっと見ています。手を出して遊んであげると、じゃれて噛んだりますが、我が家からすれば可愛い存在です。
 名前は勝手に「しろ」色が白いからです。思い過ごしかもしれませんが、私が網戸を開けると出てきます。朝声を掛けます。「しろ、おはよう!」これだけで、ワクワクしてきます。本名は、「わかな」でも「しろ」・・
 「わかな・は・しろ」毎日の楽しみです。なんのこっちゃ?



しろ
■後記・・

 まったく意味のないコラムをつくりました。ごめん・^^;ね、みなさん。でも、動物は可愛いものです。
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