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2002年10月号
大塚先生のコラム

■恐怖の10月

 過日、小泉総理が朝鮮へ出向いて拉致被害者の謝罪と、今後の日本との国交正常化という大きな仕事を成し遂げてきました。これは、戦後の総理大臣が誰も成し遂げなかったことであり、これだけでも十分賞賛に値することだと思います。石原都知事が、国交正常化のサインはもう少し考えて遅らせるべきであったとコメントしていましたが、これは結果論であって、実際石原都知事が朝鮮に出向いていたら、どうだったのでしょう?サインしないで帰ってきたら、今後の交渉の席は存在したのでしょうか?小泉総理の行き帰りの終始緊張した表情は、それまで何もできなかった政治家の面々には、進言できる資格はないと思います。



大塚龍彦
大塚内科医院ホームページ
 今の時代は、とかく”人に厳しく、自分に甘く”だと思います。あれだけ国民が亡命を求めていて、不審船が行き交い、拉致などという恐ろしいことを平気でおこなう国に、胸を張って日本を代表して、拉致の謝罪までこぎつけたことは、細かいことは抜きにしてひとまずみんなで、彼のことを誇りに思い、賞賛するべきだと思います。
 自分にはできないことを、自分が選んだ人がして、なんでとりあえず素直に手をたたけないのでしょう?小泉総理が胃潰瘍になっちゃいますよ!ただ被害者の方が、逐一情報を知らされていなかったことには、外務省的な官僚の欠点が出ていた気がします。ただ、これももとを正せば何年もこのことを追求できなかった日本政府にも問題があり、今回純粋に総理や外務省をを攻める口実にはならないと思います。私は純粋に”私にできないことをした総理”に「すごいなあ!」といいたいです。

 ところで10月からお年寄りの自己負担が1割になります。今までの850円払えば薬も検査もみんなオーケーなんていう時代の終わりです。小泉総理は、「保険制度が崩壊すればこの程度の出費では済まない。」といっていますが、それはそれで理にかなっていますが、もうちょっと削れるところがあるのではと思います。
 今日(9/21)あたりの新聞では道路公団の仕事はほとんどが関連企業に丸投げされており、現役の人、天下りの人すべてが恩恵をこうむっています。一刻も早くこういった健康な人のいらない幸せをぬぐい去っていただいて、本当に困っている病気の人に税金をまわしてもらいたいものです。往診していて、介護保険料だって払いきれない、でもそれがなければやっていけない老夫婦の生活、その上医療機関での負担と薬局での負担がのしかかっては、本当に飢え死にする人が出てきますよ!
 正直な話、今、私は一週間に15件くらい往診していますが、往診料を払えそうもないところからはお金をもらっていません。でもこれからは薬剤負担も出てくるため、私がこれ以上のどんなに努力をしてもかばいきれません。自分が幸せである以上は、できるだけのことはしていきたいと思っていますが、”病気の人の負担”は最後の最後の最後の最後にして下さい、小泉ちゃん!あんたならできるでしょ!?
■国際福祉展
以前から興味がある建築と福祉との共生、そのヒントがあるかなと思い、先日東京ビッグサイトに“国際福祉展”を見に行きました。

息子も“介護”に興味があるようで、一緒に行ったのですが、う〜〜〜ん、すごい人!!
人に酔っちゃうよ〜〜〜なんて叫びながら廻ってきました。

海外からの出展も多く、やはりこの問題日本に留まらず、世界の共通した問題なんだなと思った次第です。展示を見ていると息子が「おじいちゃん・おばあちゃんも、これを使うようになるのかな?」・・と言うので「俺もそのうちお世話になる、お前もな」さて、どんな感想を持ったでしょうか?

一人の建築家としての感想は、便利な介助器具が増えてきているのは良い事だと思うのですが、まず高価!そして、それを納めるスペース(空間)を工夫しないと、全く機能しないと思いました。この辺を何とか上手く提案できるようにしたいですね。皆さんのお知恵を拝借したいところです。
■息子と蹴るボール
昨年の夏から始めたサッカーなのですが、1年過ぎてやっとサッカーの「サ」の書き始めが解って来たのかな?なんて思っています。

しかし奥が深い!!最近では1年間での“肉体改造”宣言をしまして、筋トレ、柔軟、をこなしています。目に見えない努力ですが、ボールが遠くに飛ぶように、柔らかいプレーが出切るように、足が速くなるようにを目指して頑張っております。

何故私がこんな気になったかと言うと、一番は試合にフルで(30分×2)出ても持つ体力が欲しい!そして勝ちたい!と言う気持ちに目覚めた事。
それとやはり息子の影響ではないでしょうか。同じチームでプレーしていますので、当然その姿を目の当たりにする訳ですが、やはり“速い”“上手い”“若い”・・牛丼のキャッチではないですが、うらやましい限りです。若さは追い抜けませんが、それ以外は何とか追いつけるように、追い抜けるようにと思ったからです。

そんな43歳の闘争心に火を着けてくれた“息子”に感謝?しています。それと、もっとその気にさせてくれた“兄貴・俊夫さん”に感謝??しています・・
来春の大会勝利を目指して、毎週日曜日に“息子と蹴るボール”スパイクは2足めになりました。・・
^^;
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